「幸せになりたい」、誰もが一度は考えたことがあるはずです。でも、本当の幸せはなぜか遠くにあるように感じていませんか?
私たちの周りには、受験、営業成績、年収、インスタのフォロワー数など、ありとあらゆる場所で、他人と比較され、評価される、そういった仕組みが当たり前に存在しています。そんな評価基準に振り回されていると、幸せなんて、手の届かないものに感じてしまいます。
たとえば、友人との会話中、相手が一瞬沈黙するだけで「自分の発言が変だったかもしれない」そう不安になり、次はもっと喜ばれる話をしようとする。
あるいは、SNSに投稿して反応が薄いと感じると、「つまらないと思われたのでは」と焦り、自分が本当に紹介したかった内容ではなく、より多くの「いいね」を得られるように工夫しようとする。
『嫌われたくない』『認められたい』『自信が持てない』『トラウマがある』
…理由は人それぞれ。でも、これらって、思考のクセや考え方をちょっと変えるだけで、実はずいぶん楽になれます。誰だって、いつだって自分らしく、自由に生きる選択ができるのです。
「全ての人は、例外なく、今この瞬間から、幸せになれる」
実は100年以上も昔から、その幸せになる為の、道しるべがあった事をご存知ですか?それは、アルフレッド・アドラーが提唱した“アドラー心理学”です。
アドラーとは、フロイトやユングと並ぶ、世界的に有名な心理学者です。アドラー心理学は、自己肯定感を高め、困難に立ち向かう力を育む方法として注目され、現在でも、教育やビジネス、カウンセリングなど、幅広い分野で活用されています。
今回は、そのアドラー心理学をベースにしたベストセラー、『嫌われる勇気』、をさらにかみ砕いて「本当の幸せを、引き寄せる法則」としてご紹介します。
特に、つらい現状から、一歩踏み出す勇気が欲しい方に是非読んでいただきたいです。少し意識を変えるだけで、心が「ぐっ」と軽くなる実感が得られます。
実は私は昨年、妻の不倫が発覚し、大きなショックを受けました。人はここまで自己中心的になれるのか?裏切りを正当化できるのか?被害者として振る舞えるのかと、人間不信になりました。
そんなとき、『嫌われる勇気』に出会って、本当に心が救われたのです。 今後どうするかを冷静に決めることができ、理不尽を対処する方法を学びました。動悸は治まり、睡眠薬なしでも眠れるようになりました。
アドラー心理学の教えは、日常生活で起こる、人間関係の悩みに、確かな効果があります。実践しやすいメソッドばかりなので、今すぐに取り入れることができます。そして、あなたの人生を幸せにするために、寄り添ってくれるはずです。
本当の幸せを引き寄せる法則その1:劣等感に囚われてはいけない
「あんなことがなければ、今の私はもっと違っていたはず…」
誰もが、心の奥に消し去ることのできない過去を抱えています。後悔、トラウマ、生まれ持った劣等感──それらは、まるで重い鎖のように私たちの足を引っ張り、ときに前へ進む勇気さえ奪ってしまいます。
「親が厳しすぎたから、自己肯定感が持てない」
「見た目が劣っているから、人気者にはなれない」
「結婚に失敗したから、もう恋なんてしない」
しかし、こうした思い込みは大きな誤解です。過去に起こった出来事が、これからの人生を縛る理由にはなりません。
実際に、幸せな人生を送っている人たちには共通点があります。それは、「過去」や「生まれ持ったもの」を言い訳にしていないということ。
劣等感やコンプレックスを抱えながらも、それを力に変えて人生を切り拓いてきた人は数多く存在します。そしてそれには、特別な才能や難解な理論など必要ありません。むしろ、とてもシンプルな考え方が鍵になるのです。
実践のヒント:意味づけし解釈を変える
その鍵とは、過去の出来事に対する「解釈」を変えることです。
たとえば、私の好きな映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』で主人公マーティを演じたマイケル・J・フォックス。彼は身長163cmと低く、それを劣等感に感じていたそうです。
しかし、10代で演技の世界に魅了された彼は、やがてその“劣等感”に意味づけを与え、明るくユーモアのあるキャラクターとして活かすようになりました。
彼は、もともと持ち合わせていた茶目っ気や明るい性格を活かし、背の低さなどのいじられやすい要素を自らジョークにして笑いに変えることで、周囲との壁を取り払っていきました。
マイケル・J・フォックスは「ユーモアを通じて自分自身を受け入れる」という姿勢によって、幼少期の劣等感を自らの魅力に変えていったのです。
「生まれ持ったもの」は変えることができません。しかし、それにどういう「意味づけ」をするのかは自分次第です。つまり、大切なのは「過去に何が起きたか」ではなく「それをどう捉えるか」なのです。
前向きな意味づけができれば、あなたの中の劣等感も、マイケル・J・フォックスのように、人生を変える力強い武器となるでしょう。
本当の幸せを引き寄せる法則その2:トラウマを否定する
私自身も、この「解釈を変える力」を体感したひとりです。かつて、ある出来事をきっかけに「自分には価値がない」と思い込んでいた時期がありました。
皆さんの中にも、「あの失敗のせいで、こんなふうになってしまった」「もうやり直せない」と、トラウマに囚われて生きている方がいるかもしれません。
しかし、私はあるきっかけを通じて、私はその記憶に少しずつ別の意味を見出すようになりました。
実は、私は2年間引きこもっていた時期があります。高校生活で失敗し、中退しました。「高校を卒業する」という、ごく当たり前のことすらできなかった自分を恥ずかしく思い、その事実を他人に知られるのが怖かったのを今でも覚えています。
ある日、中学時代の担任が退職されると聞き、同窓会に誘われました。先生にはぜひ会いたかったのですが、高校を中退したことが知られるのが怖くて迷いました。
そして思い切って参加した私を待っていたのは、事情を知った友人からの「暇人」「ごくつぶし」といった心ない言葉でした。
もちろん、先生や他の友人がかばってくれましたが、その中傷は私の心に深く刺さり、ますます人の目が怖くなり、外へ出られなくなっていきました。
引きこもっている状態には、実は「外に出ないことのメリット」が隠れています。家にいれば他人と接する心配もなく、また家族には丁重に扱われます。
一方で、外に出ると周囲と比較され「見劣りする自分」が嫌でも浮き彫りになります。その結果、「外に出ない」という目的が生まれ、それに伴って不安や恐怖心が湧き上がるようになってしまいます。
もちろん、引きこもりのつらさは本物です。下校中の学生の声を聞くと胸が苦しくなる、人と話す機会がないため声が出なくなる、十代という貴重な時間が只々過ぎていき、終には人生に希望が見い出せなくなります。
実践のヒント:できないという思い込みを変える
ここで大切なのは、「トラウマがあるから外に出られない」のではなく、「外に出ない」という目的を自分で選んでいると捉え直すことです。
もし、「過去のトラウマ」が原因で外に出られないのだとすれば、過去は変えられないため、一生外に出られないことになってしまいます。けれど、「外に出ないこと」自体を目的として選んでいたのだとしたら、その目的を変えることで行動も変えることができるのです。
詳しくは後ほど触れますが、私の場合は家族の支えや仲間の理解もあり、「高校中退」という事実が、思っていたほど大きな問題ではないと気づくことができました。
また、自分自身が「高校生活」「学歴」という狭い価値観の中で生きていたことにも気づきました。そして、「外に出ない」という目的は、やがて「もっと広い世界を見てみたい」という新たな目的へと変わっていったのです。
さらにそれによって、引きこもっていた時間を「人生の汚点」とするのではなく、「本当の自分と向き合った大切な時間」と捉え直すことができました。そうして私は、少しずつ前に進み始めることができたのです。
もし今、「過去の出来事のせいで、今の自分は自由になれない」と感じているなら、その思い込みを変えられる可能性について、ぜひ考えてみてください。
本当の幸せを引き寄せる法則その3:行動を起こさない事が唯一の失敗
「やりたいことがあるのに時間がない」「準備が整っていないから、もう少し待とう」
そんな言い訳をして立ち止まってしまうことはありませんか?
一見もっともらしく聞こえる理由でも、それが行動を先延ばしにする口実になっていることがあります。そして、その背景には「挑戦して失敗したくない」という気持ちが隠れています。
けれども、本当の失敗とは「行動を起こさずに諦めること」です。
失敗を恐れて動かないままでいると、人生はいつまでたっても変わりません。逆に一歩踏み出すことで新しい道が開けたり、挑戦が未来につながる可能性もあります。
たとえ思い描いた結果にたどり着かなくても、その過程で得た経験や学びが必ず次のステップへの糧となります。挑戦すること自体が、幸せへの第一歩なのです。
例えば海外留学やワーキングホリデーを「語学力が足りないから無理だろう」と思ってあきらめてしまうのは、よくある話だと思います。英語など現地の言葉がうまく話せないまま行っても、「買い物や日常会話すら苦労するんじゃないか」とか、いろいろ不安になりますよね。
なので「生活に困らない程度まで英語力を上げてから留学しよう」、それに加えて「もっとお金をためてから」という言い訳をしているうちに、結局ベストなタイミングを逃してしまいます。
でも、そうやって準備を完璧にしてから行こうとしても、その「完璧な時期」は来ないものです。日常や仕事に追われて、いつの間にか挑戦する気力すら薄れてしまうこともあります。
そして、結果的に留学を経験しないまま時間だけが過ぎてしまい、「あのとき行っていれば、もっと早く語学力を伸ばせたし、視野が広がったんじゃないか」と後悔してしまうことになるでしょう。
実践のヒント:準備不足でも今すぐ行動する
私は英語が大の苦手でしたが、「広い世界を見たい」という想いだけでアメリカへ留学し、現地の大学まで卒業しました。
最初は買い物すらままならず、生活するだけでも大変でしたが、毎日スタバへ通って店員やお客さんに積極的に話しかけるうちに英会話力が飛躍的に伸び、1年で現地大学でもやっていけるほどの英会話力を身に着けることができました。
「現地に飛び込んだほうが語学力が伸びる」というのは本当で、失敗や恥ずかしい思いをしても、それが自信や成長につながるものです。
それでももし不安があるなら、まずは短期留学してみたり、留学のコミュニティで情報交換をしてみるのも良いかもしれません。
実際、経験者から「完璧な英語は最初からは必要ない」と聞くと、留学のハードルも低く感じるはずです。
大切なのは、「語学力がないから行けない」のではなく、「語学力を伸ばすために行く」という発想に切り替えること。
行動する前からできない理由を並べていると、挑戦せずに終わってしまうことになるでしょう。準備不足を言い訳にしているうちは、いつまでたっても現状を変えられません。まずは一歩を踏み出してみましょう。成功するかどうかよりも、実際に行動してみることこそが、未来を切り開く鍵なのです。
本当の幸せを引き寄せる法則その4:不幸を自慢しない
「不幸自慢」とは、自分の不運や苦労話を強調することで、周囲からの同情や特別な扱いを引き出そうとする態度のことです。
いわば「こんなに大変なんだから、もっと気を使ってよ!」というメッセージを周りに送って、そこから優越感や慰めを得ようとするわけです。
しかし、不幸自慢を続けていると、次第に友人の優しい言葉やアドバイスに対しても、「あなたに何が分かるの?」と反発的な気持ちが芽生えてしまいます。
そして特別な自分を維持するために常に自分を不幸な立場に置いておかないと、自分のアイデンティティを保てなくなってしまいます。つまり、不幸に囚われた生き方をするようになってしまいます。
私は不倫された経験があります。あまりのショックで不眠や動悸に悩まされ、心身ともに追い詰められました。
カウンセリングや弁護士費用がかさみ、貯金も底をつき、メルカリで私物を手放す日々。身辺整理がなされたような状況に、心の底からみじめな気持ちを味わいました。
そんな中でも、ありがたいことに、友人たちは本当に親身になって支えてくれました。急な相談や呼び出しにも応じてくれ、ときには経済的な援助を申し出てくれる人までいました。
しかし当時の私は、彼らの善意に対して「不倫された苦しみは体験した人にしかわからない」と思ってしまったり、元気付けようとお笑いの動画を紹介されても、「不倫ネタがあってつらかった」など、相手の気持ちも考えずに口にしてしまったこともありました。
きっと私は無意識のうちに、「これだけつらい思いをしているのだから、助けてもらって当然」という意識を持っていたのかもしれません。
「自分は不倫された被害者」という立場にしがみつき、同情や特別扱いを通して、安心感や存在価値を得ようとしていたのかもしれません。
でも、もしあのとき私がどんな言葉にも「あなたには分からない」と突き放し、自分の苦しみだけを一方的に語っていたなら、きっと友人たちは離れていってしまったはずです。
不幸な出来事の苦しみを否定するつもりはありません。ですが、そこに長くとどまり、「周囲から特別扱いを受けること」を目的にしてしまうと、「不幸自慢」から抜け出せなくなってしまいます。
「不幸自慢」は一時的に特別感を得られるかもしれませんが、それを続けてしまうと、自分も周りもやがて疲れ果ててしまいます。本来であれば、サポートしてくれた友人に感謝し、そして自分のこれからの人生をどう再構築していくかを考えるべきです。
不幸な出来事をどうやって乗り越えるか、また乗り越えた先に何があるかを考えてみましょう。
実践のヒント:これからを支える心の拠り所を見つける
不幸自慢から抜け出すには、「不幸にすがらなくてもいい自分」になる必要があります。
もし、不幸を語ることでしか誰かに気にかけてもらえないと感じているなら、それは、心のよりどころが他にない状態なのかもしれません。 それは、たとえば人との温かなつながりであり、夢中になれる趣味や仕事であり、自分の中にある信念や志です。
どんな形であれ、自分の存在価値を確かめられる場所があれば、不幸に頼らなくても、強く生きていくことができます。 そしてその心の拠り所は、外から与えられるものではなく、自分自身の中に見つけ、育てていくものです。小さな喜びや、誰かとの何気ない会話、夢中になれる時間——それらの積み重ねが、やがて揺るぎない力になるのです。
私の場合、家庭という支えが不倫で崩れ去ったとき、「人生のすべてを失った」と感じました。その瞬間、自分がいかに家庭に依存していたかを痛感しました。
かつては、友人、仕事が私の人生の支えでした。しかし、結婚後、友人もそれぞれ家庭を持ち疎遠になり、仕事は年収目的で転職を繰り返すうちにただの生活手段となり、やりがいも失ってしまいました。
そして最後に頼った家庭までもが崩れたとき、
追い打ちをかけるように仕事でも行き詰まり、私は本当に心身ともに限界を迎えました。不幸は重なるものです。
不眠が続き、痩せ細り、アルコールに逃げる日々。気がつけば、心も体もボロボロでした。
そんな中でも、数少ない信頼できる友人の支えが、私をギリギリのところで踏みとどまらせてくれました。
そしてある時、友人のすすめで読み始めた『蒼天航路』という漫画。その中に登場した「孟子」の言葉が、心に深く刺さりました。
「人生に大業を成そうとする者の前には、必ず苦難が待ち受ける。
神は成功の直前にこそ試練を与え、苦悶を与え、絶望へと叩き落とし、そして堕落させる。」
——今の苦しみは、将来の幸せのための試練なのかもしれない。
そう思うことで、ようやく私は「これから」の人生に目を向けられるようになったのです。
「自分の使命って何だろう?」そう考え始めました。正直、そうでも思わなければ、生きるのがあまりにもしんどかったというのも本音ですが……。
そして辿り着いたのが「本当にやりがいを感じられる仕事」。かつて諦めた夢、「起業」でした。
忙しさや不安を理由に先延ばしにしてきたその夢を、今こそ叶えようと決めました。その第一歩として、この動画で「本当の幸せを引き寄せる法則」を伝えたいと思ったのです。
本当に大切なのは、不幸にしがみつくことではなく、「これからの人生をどう生きるか」。そして、「自分にとって本当に大切なものは何か」に目を向けること。
つらい現状だからこそ、気づけることがあり、見えてくる世界があります。その気づきこそが、あなたを幸せへと導く第一歩になるのです。
本当の幸せを引き寄せる法則その5:相手を論破しない
議論をしているとき、「自分が正しい」と証明したくなった経験はありませんか?
でも、たとえ論理的に相手を言い負かしたとして、それは本当に価値ある“勝利”だったでしょうか。もしかするとその勝利と引き換えに、相手との信頼や対話の可能性を失ってはいなかったでしょうか?
たとえば、久しぶりに会う恋人とのランチ。あなたは「最近できた人気のカフェに行こうよ!」と提案します。おしゃれで話題のお店で、特別な時間を過ごせるとワクワクしている。でも恋人は、「混んでる場所だと落ち着かないから、静かなカフェにしたい」と言う。
お互いに「自分の提案のほうが正しい」と譲らず、あなたは「少し並ぶくらい平気だよ」と主張。
相手は「私の気持ちを考えてくれないの?」と感情的に反発。気づけば楽しいはずの予定が、言い争いの場に変わってしまいます。
こうなると、もう話し合いではなく、“どちらが正しいか”を競う争いになってしまいます。そしてその結果、楽しみにしていた時間も、お互いの気持ちも、無意味にすり減らしてしまうのです。
私自身にも、後悔している体験があります。
不倫をした妻との関係を再構築しようとしていたときのことです。妻が、不倫相手と顔を合わせる可能性のある習い事を続けていることが、どうしても心に引っかかっていました。
私は何度も伝えました。「あなたがその習い事に行くたびに、不貞の記憶がフラッシュバックする」「再構築するなら、お互いが寄り添う必要がある。だから、行かないでほしい」と。
そのとき私は冷静さを欠いていました。怒鳴ったわけではありませんが、感情が抑えきれず、強い口調になっていたのです。
相手も防御反応で返してきます。「もうあの人とは関わっていない」「あの習い事は、私の唯一の居場所なの」「どうして私の気持ちをわかってくれないの?」
その言葉に、私の感情はさらに揺さぶられました。「不倫相手のいる場所に通うことで、思い出して心が壊れそうになるのが分らない?」「自分の居場所を失う原因をつくったのは誰?」「相手の心の傷より自分の欲望を優先するのか?」
次第に議論はエスカレートし、妻からはこんな言葉が返ってきました。「私が不倫したのは、夫婦関係が冷えきっていたせい」「私だけじゃなくてあなたにも責任がある」
そして私も応酬します「そんなふうに自分の過ちを正当化する人は信用ができない」「相手の心の傷よりも自分の居場所を優先する人とはこの先やっていけない」「離婚するしかない」
妻も応じました。「私ももう無理。子供の養育費と家のローンはあなたが払ってね。子供に会いたいのなら誠意を見せてね」
こうして話し合いは、子供にとって最悪の結末へと向かってしまいました。
振り返って思うのは、もしあのとき私が感情的にならず、ただ「自分が感じていること」だけを静かに伝えていたなら、事態は違っていたかもしれないということです。少なくとも“理解し合う努力”という土台は残せたはずです。子供と関わる機会も今より増やせたのかもしれません。
議論で感情的になるとき、私たちは無意識に「怒りの力」で相手を押し切ろうとしてしまいます。「どうしてもやめさせたい」「分からせたい」という思いが、怒りという手段を引き寄せ、目的がすり替わってしまうのです。本来は“理解し合う”ための対話だったはずなのに、いつの間にか争いへと変わってしまいます。
実践のヒント:感情的にならず、冷静に「感じていること」を伝える
「感情的にならない」というのは、感情を押し殺すことではありません。
むしろ、自分の気持ちを丁寧に言葉にして、相手と真摯に向き合う姿勢を持つことです。
「私はこう感じている」「これは私にとって大切なことなんだ」と、責めるのではなく、伝える。相手を変えようとするのではなく、自分の内側から出てくる感情を、穏やかに共有する。
それだけで、対話の質は大きく変わります。
相手の意見を尊重しながら、自分の気持ちも大切にする。その積み重ねが、信頼を深め、本当に豊かな人間関係を築く第一歩となるのです。
本当の幸せを引き寄せる法則その6:友人の数には価値がない
あなたには何人の友人がいますか?SNSを開けば、何百人もの「友達」がリストに並んでいるかもしれません。でも、本音を打ち明けられる相手は何人いるでしょうか?そう考えると、意外と少ないのではないでしょうか。
私たちはつい「友達は多いほうがいい」「人脈は広いほど得をする」と思いがちです。確かに、幅広い交流が将来のチャンスにつながることもあるでしょう。しかし、本当に大切なのは数ではなく質、どれだけ深い信頼関係を築けているかです。
困難なとき、どれだけの人が手を差し伸べてくれるでしょうか。金銭的に支援してくれる人は?夜中に突然電話をしても親身に話を聞いてくれる人は?
私が不倫騒動で失意のどん底にいたとき、そんな友人達が支えてくれました。彼らの存在の大きさを痛感しました。一生忘れることはありません。
知り合いがどれほど多くても、心から頼れる相手でなければ、その関係に本当の意味はありません。逆に、数は少なくても深く支え合える友人がいるなら、それこそが人生において最も価値のあるつながりなのです。
実践のヒント:少数でも時間をかけて深い関係を作る
信頼はすぐには築けません。相手の話に耳を傾け、気持ちを尊重し、考えを理解しようとする。そして、自分の思いや悩みも素直に伝える。こうした積み重ねが、信頼関係を育てます。
人生は有限です。たくさんの人と浅く広く繋がるよりも、少数の相手と深く関わる方が、より充実した関係を築けるでしょう。たとえば、あなたに残された時間が1000時間しかないとしたら、1000人と1時間ずつ過ごすよりも、2人と500時間づつ向き合う方が、はるかに親密になれるはずです。
焦らず、ひとつひとつの出会いを大切にしましょう。急いで距離を縮めようとすると、相手のプライベートに踏み込みすぎてしまい、かえって関係が壊れることもあります。
大切なのは、互いの生活や価値観を尊重し、心地よい距離感を保ちながら、時間をかけて関係を育んでいくこと。少数だからこそ、ひとつひとつの繋がりを深める余裕が生まれるのです。
本当の幸せを引き寄せる法則その7:親密な関係にこそ境界線を引く
「いつでも頼ってね」「何でも相談して」と言いながら、ふと疲れを感じたことはありませんか?
深夜の電話相談で睡眠を削られたり、家族との時間に長電話が入り、妻に疎まれたり。関係が深まるほど、プライベートの境界線は曖昧になります。
深いつながりは私たちに安心や喜びを与えてくれます。しかし知らず知らずのうちに相手のプライベートに踏み込みすぎたり、逆に自分のプライベートを侵害されたりすることもあるでしょう。
例えば、恋人関係を考えてみてください。相手が異性と会わないように束縛したり、スマホのやり取りをチェックしようとしたり。そうした行為は「自由を奪われている」「信用されていない」と感じさせ、かえって関係を壊す原因になりかねません。
ここで大切なのは、「相手のことを思う気持ち」と「自分の人生を守る責任」は両立できるということです。
お互いのプライベートの「境界線」を尊重することで、相手の問題に必要以上に干渉せず、自分のプライベートに踏み込ませない。それが、より健全な関係を築く第一歩になります。
「境界線を引く」と聞くと、少し距離を置くような冷たい印象を受けるかもしれません。しかし、実際にはそうすることで余計なストレスが減り、かえってお互いが心地よい関係を築けるようになります。
実践のヒント:できないことほど、はっきりと伝える
相手が悩んでいるとき、無理な要求だったとしても「できない」と断るのは勇気がいります。しかし、曖昧な対応を続けると、相手は気づかずに負担をかけ続けてくるかもしれません。そして、それが関係に溝を生む原因になることも。
例えば親しい友人から、毎晩のように深夜に電話で相談をされて睡眠時間を削られてしまっているとします。次の日の仕事にも支障をきたし、疲弊したあなたは友人の相談に対しても対応が雑になったり、または、いらだちをぶつけてしまうかもしれません。友人の悩みを聞くためのはずが、口論になってしまっては本末転倒です。
そこでまずは自分にはできないこと正直にを伝えましょう。たとえば、「あなたの話を聞くことはできるけれども、頻繁に深夜に連絡されるの正直つらい」「相談が必要なら、連絡時間を決めよう」と提案してみましょう。
また、逆の立場で考えてみてください。自分の悩みに対して、相手が「こうしなさい」「ああしなさい」とあれこれ口を出してくると、あなたは自分の意思を尊重してもらえていないと感じてしまうでしょう。そういったときには、「それは私が決めるべきことだから、そこまでは干渉してほしくない」と感じていることを素直に伝えることが必要です。
もちろん、意見をくれる相手に敬意を払い、伝え方には配慮する必要がありますが、重要なのは、「相手の課題」と「自分の課題」を明確に区別すること。それは一見ドライに思えるかもしれませんが、本質的にはお互いを尊重し合うための大切なステップです。
相手を思う気持ちと、自分の人生を守る責任を両立するためにも、「これは相手のこと、あれは自分のこと」と認識し、必要以上に踏み込みすぎない・踏み込ませないように意識してみましょう。そうすることで余計なストレスが減り、より健全な関係を築くことができるはずです。
本当の幸せを引き寄せる法則その8:相手を変えることはできないと知る
「相手を変えることはできない」──
この言葉を聞くと、相手を見放す類の諦めに聞こえるかもしれません。けれどこれは、人間関係をより健やかで楽なものにするための、とても大切な前提なのです。
アドラー心理学では、これを「課題の分離」と呼びます。誰の問題なのか、誰がその結果を引き受けるのかを見極めることで、私たちは不要なストレスや衝突から解放されていきます。
私たちが人間関係で悩むとき、多くは「相手がもっとこうしてくれたら」という期待から生まれます。
子どもがもっと勉強してくれたら……
部下がもっと真剣に働いてくれたら……
上司がもっと自分を認めてくれたら……
けれど、どれほど願っても、相手が自ら変わろうとしない限り、人の考えや行動を変えることはできません。無理に相手を変えようとすればするほど、関係はこじれ、時には壊れてしまうことすらあります。では、どうすればよいのでしょうか?
課題の境界線を見極める
アドラー心理学では、「その選択や行動の結果を最終的に引き受けるのは誰か?」という問いを立てます。
- 最終的に困るのが自分なら、それは「自分の課題」
- 困るのが相手なら、それは「相手の課題」
たとえば、子どもが勉強しないと成績が落ち、希望の学校に行けなくなります。最終的に困るのは子ども自身なので「勉強するかどうか」は子どもの課題です。親ができるのは、「勉強しやすい環境を整えること」。これは親自身の課題です。
同じように、部下がやる気を出さない場合、仕事への取り組み方やその結果を受け取るのは部下自身。上司は、「成果が出るようにサポートすること」や「適切に評価すること」が自分の課題です。
実践のヒント:相手への執着を手放す
執着とは、自分の不安を埋めるために相手をコントロールしようとする行為です。一方、愛の根本には「相手が幸せであることを願う心」があります。
妻の不倫が発覚したあと、私は「妻さえ行動を改めれば、元の家族に戻れる。それが子どもにとっても最善だ」と信じていました。しかし現実は望んでいる通りにはいかないものです。
妻は再構築の最中も、不倫相手のいる場所──子どもの習い事──に通い続けていました。
「反省し再構築を望むなら距離を置くはずだ」と私は何度も訴えましたが、妻は「子どものため」「私の居場所だから」と通うのをやめませんでした。
やがて私は強引にやめさせようとし、関係はさらに悪化し、結果離婚することになりました。
今振り返ると、私は二つのことに気づきました。
一つ目は、妻に対する強い執着心です。裏切られた苦しさと、家庭を取り戻したいという願望が混ざり合い、「妻さえ変われば元に戻れる」と信じていました。
その思いが強すぎて、妻の行動に一喜一憂し、心が揺さぶられ続けていました。妻の行動に未来の家庭の姿を委ね、自分の理想を押し付け、それに反する行動をやめさせようとしていたのです。
二つ目は、たとえ自分が正しく相手が間違っていたとしても、それは相手を変える理由にはならないということです。
正しさを盾に相手の行動を強制することはできません。私はそれを理解できず、「不倫をしたのだから、習い事をやめるのは当然だ」と相手の課題に踏み込み続けてしまったのです。
執着を手放した瞬間の気づき
私はこのように、「妻が変われば元の幸せな家庭関係に戻り、幸せになれる」と信じていました。しかし、何度願っても、何度訴えても、現実は変わらない。その苦しさの中で、ある日ふと思ったのです。
「妻への執着を手放せたら、楽になれるのではないか?」
相手を変えようとする努力は、実は自分も相手もすり減らすことにしかなっていませんでした。
妻の行動をコントロールしようとすることで、私の心はますます縛られ、怒りや悲しみから抜け出せなくなっていたのです。
そして気づきました。相手が変わるかどうかは、相手自身の課題。自分が正しかったとしても、それを理由に変化を強制することはできない。
私にできるのは、「変えられない相手」ではなく、「変えられる自分」に向き合うことだけだ──。その事実を受け入れたとき、私は少しずつ執着と怒りから解放されていきました。
とはいえ、不倫相手のいる場所に通い続ける妻を容認する程心が強くなかったため、子供への影響が最小限になるように考慮し不倫妻から離れる決断をしました。
子供には惨い夫婦喧嘩を見せ続けてしまいました。5歳の子供が間に割って入ってくる始末。。
そんな夫婦関係をこのまま見せ続けていくのは不健全だし、これが当たり前とも思ってほしくない。とはいえ、何事もなかったかのように仮面を被っていられる限界はとっくに超えていました。
せめて子供が生活に困らないように資金援助をする。面会交流は潤沢に設け、子供達には今まで以上に深い愛情をもって接する。コントロールできない妻の行動ではなく、コントロールできる自分の行動に集中することに決めました。
人によっては言い訳にしか聞こえないかもしれませんが、不倫された側の地獄は筆舌に尽くし難いです。
相手を無理に変えようとせず、自分の行動に集中することが、結果的に人間関係を楽にすることができるでしょう。
自分の課題に集中すること──それが、自由と幸せへの第一歩なのです。
本当の幸せを引き寄せる法則その9:承認欲求に振り回されない
「自分はあの人にどう思われているのだろう」
他人からの評価を気にしてしまうことはありませんか?「誰にも嫌われたくないし、周囲に認められたい」私たちはそうした欲求を抱えながら生きています。
私たちの周りには、受験、営業成績、年収、インスタのフォロワー数など、ありとあらゆる場所で他人と比較され評価される仕組みが当たり前に存在しています。
そんな評価基準に振り回されていると、幸せなんて手の届かないものに感じてしまいます。
これら承認欲求は人間として自然な感情であり、誰もが持っているものです。しかし、もしその想いに振り回されてばかりいるとしたら、どうでしょうか?
周囲の目を気にし続け、自分らしさを犠牲にする生き方は本当に自由な生き方と呼べるでしょうか?
「自由な生き方」とは、他者の期待や評価に縛られず、自分の内側の声に耳を傾け、自分の人生を主観的に選択することです。
他人の評価を気にしすぎると、自分の行動基準が「周囲にどう思われるか?」に偏ってしまい、「自分がどうしたいのか?」が見えなくなります。
自由とは「他人の期待を満たすこと」ではなく、「自分の意思を持ち、それに従って生きること」にこそあるのです。
実践のヒント:嫌われることを恐れずに自分らしさを貫く勇気
そのために大切なのは、自分自身の価値観を曲げないこと。たとえその結果、相手の反感を買ったとしても。
例えば、ある人は家族の時間を最優先にしたいと考えていたとします。
しかし、周囲からは「もっと仕事に打ち込むべきだ」「昇進のチャンスを逃すのはもったいない」と言われたとします。
それでも、自分にとって本当に大切なのは家族との時間だと確信しているなら、残業は断り、早く帰り家族と過ごす選択をする。
結果として上司からの評価が下がるかもしれませんが、それよりも自分の価値観に沿った生き方を貫くことが、長い目で見れば満足感や充実感につながります。
また、あるアーティストが作品の個性を大切にしたいと考えていたとします。
しかし、世間の流行に合わせるよう求められたり、「もっと売れる作品を作ったほうがいい」とアドバイスを受けることもあるでしょう。
そんな中で自分が本当に表現したいものを貫くと、一時的には批判を受けたり、売上が伸び悩むこともあるかもしれません。
それでも、自分の信じる道を進むことで、やがて自分の作品に共感する本当のファンが集まり、長く愛される作品を生み出せるでしょう。
このように、自分の価値観を明確にし、それを基準に行動することで、たとえ短期的に周囲の反感を買ったとしても、最終的には自分にとって納得のいく人生を歩むことができるのです。
他人の期待に沿うために自分の人生を犠牲にする必要はありません。自分が「これが大切」と思うものを選び、優先して生きる権利は誰もが持っています。
しかし忘れていけないのは、他者からの評価を完全に無視していいということではないということです。
他者からの評価を意識しながらも、最終的な判断は自分自身の価値観に則って下す、という姿勢を持つことが大切です。
自分らしい選択を、感覚を信じて行動することで、そこには本当にやりたいことを貫く喜びや、心から納得できる生き方が待っています。
本当の幸せを引き寄せる法則その10:今いる世界が全てではない
あなたは、今自分がいる環境——学校や職場——が、まるでこの世のすべてのように感じていませんか?
今の日本では、18歳の大学進学率は5割を超え、短大や専門学校を含めるとその数は8割以上にものぼります。
多くの人が、小中学校は地元の学校に通い、そのまま高校・大学へと進学し、卒業後は就職。よほどの事情がなければ、転校や転職もせずに同じ場所で過ごします。
つまり、私たちは気づかないうちに、「今いる学校や会社が自分の世界のすべてだ」と錯覚してしまいやすいのです。
もしその中でうまくなじめなかったとしたら、「自分には居場所がない」と感じてしまい、人生そのものを悲観してしまうかもしれません。
でも、実際には、私たちを受け入れてくれる場所は他にもたくさんあるのです。
たとえば、先ほどもお話ししたように、高校生活になじめなかった子どもが、家に引きこもってしまうことがあります。その学校が“すべて”だと思い込んでしまうと、その子にとって居場所は家庭だけになってしまうのです。
けれど実際には、転校という選択肢もありますし、通信制高校やフリースクールといった柔軟な学びの場も存在します。 そもそも、学校に通わなくても社会に出る道はいくらでもあります。
「今いる環境だけが世界のすべて」と思い込むのではなく、少しだけ視野を外に広げてみましょう。 そうすることで、思いがけない出会いや、本当の自分に合った場所が見つかるかもしれません。
実践のヒント:常識にとらわれない
かつて私は、高校を中退し、引きこもっていた時期がありました。
狭い部屋の中で、「社会から見放されてしまったのではないか」という不安に押しつぶされ、自分が“常識”から外れてしまったことを知られるのが怖くて、外に出る勇気さえ持てなくなっていました。
そんなとき、「大検(大学入学資格検定。現在の高卒認定試験)」という制度を知りました。 大学への道がまだ閉ざされていないことに希望を見出し、思い切って予備校に通い始めることにしたのです。
そこで出会ったのは、さまざまな背景を持つ仲間たちでした。
堅気には見えない年配の男性、銀座のホステス、元暴走族のヘッド……。彼らは皆、年齢も経歴もバラバラでしたが、「大検合格」という共通の目標を持って、同じ教室で学んでいました。
一見、近寄りがたい印象の彼らでしたが、不思議と居心地がよかったのは、誰一人として他人の生き方を否定せず、どんな価値観も温かく受け入れる空気がそこにあったからです。
世間から見れば「常識外れ」とされるような過去を語っても、それを理由に否定されることはなく、一人の人間として尊重される環境に触れるうちに、「高校中退者というレッテル」は、私が想像していたよりもはるかに大した事はないのだと実感しました。
私が引きこもってしまったのは、「高校中退=失格者」という世間の常識に、必要以上にとらわれ、自分で自分の世界を狭めていたからだったのです。
外に目を向ければ、本当に多様な生き方や価値観が存在していました。
だからこそ、ほんの少しだけでも「常識」の枠を飛び出してみてください。 想像を超えるほど自由で、希望に満ちた人生の可能性が、そこには広がっているのです。
本当の幸せを引き寄せる法則その11:上下関係を作ってはいけない
あなたは、気づかないうちに周囲の人に対して「自分のほうが上」「相手のほうが下」といった序列を頭の中で作ってしまう——そんな経験はありませんか?
周囲をよく見渡してみると、世の中はあらゆる場面で“上下関係”にあふれていることに気づきます。
たとえば、客と店員、夫と専業主婦、親と子ども。
本来はすべて“対等な関係”であるはずなのに、それぞれの役割の違いから、いつの間にか「自分の方が上」と錯覚し、相手に自分の理想や価値観を押しつけてしまうのです。
よくある例が、サービス業の現場です。 店員が「お客様は神様です」という理念に縛られて、自分を“下”の立場だと感じてしまい、萎縮してしまうことがあります。
一方で、客側も「自分は上の立場」と誤解し、店員に対して高圧的な態度を取ってしまうこともあります。
でも実際には、「サービスを提供する人」と「それを受ける人」という役割の違いがあるだけで、立場としてはまったくの対等なのです。
夫婦の間でも、「自分が稼いでいるんだから、家のことはすべて妻がやるべき」という考え方が根強く残っている場面があります。
しかし、専業主婦を「収入がない」という理由だけで軽んじるのは大きな誤りです。 「稼ぐこと」と「家庭を支えること」はただ役割が違うだけで、どちらも等しく尊い価値を持っています。
また、アドラー心理学では、親子関係においても上下関係を作ってはいけないと説いています。
子どもは親の所有物ではなく、独立した一人の人間です。
親は子どもを導く立場にはありますが、「上から命令する」のではなく、子どもが何かに挑戦したいと思ったときにその意志を尊重し、耳を傾け、見守る姿勢を持つことで、子どもの自主性と成長をしっかりと支えることができるのです。
実践のヒント:「褒める」のではなく「感謝する」
対等な関係が健全であることに気付けたとしても、どのように振る舞えば良いのか迷いますよね?
そんな時は相手に感謝の気持ちを伝えることから始めてみましょう。
子どもや部下に対して、「叱って育てるべきか」「褒めて育てるべきか」という議論はよくありますよ。
でも実は、「叱る」も「褒める」も、どちらも最適な方法とは言い切れません。
たとえば「叱る」という行為は、一見すると相手のためのようでいて、実際には「上からのコントロール」であることが多いのです。
子どもが宿題を忘れたときに、「なんでやらなかったの!」と叱れば、子どもは「次は叱られたくないからやろう」と思うかもしれません。
でもそれは、「宿題をやることの大切さ」ではなく、「叱られたくないからやる」という動機になってしまいます。
こうなると、“叱る人”がいなければやらない状態になり、主体性が育ちません。さらに、叱られ続けることで自信を失ったり、「叱られないように隠そう」とするようになったりすることもあります。
短期的には効果があるように見えても、長期的にはその人の成長を妨げてしまうのです。
一方、「褒める」ことも一見ポジティブに見えますが、実はこれも上下関係を前提にしています。
たとえば、子どもがテストでいい点を取ったときに「すごいね!」「よく頑張ったね!」と褒めると、子どもは嬉しく感じるでしょう。
でもこれが繰り返されると、「褒められるために頑張る」という発想になりがちです。
そして、もし成績が悪かったときに褒められなければ、「褒められない=自分はダメ」と感じ、自信を失ってしまうことがあります。
つまり「褒める」ことも、相手を評価の枠の中に押し込めてしまうという側面があるのです。
要するに、「叱る」も「褒める」も、どちらも相手を“評価しよう”“コントロールしよう”という姿勢から生まれているのです。
本当に大切なのは、相手を一人の人間として対等に認め、その存在や努力そのものを尊重することではないでしょうか。
では、「叱る」「褒める」の代わりに、「感謝を伝える」とどうなるでしょう? 「えらいね」と評価するのではなく、「ありがとう」と感謝を伝える。
そのほうが、相手を“対等な存在”としてきちんと尊重することができます。
たとえば、子どもがテストで良い点を取ったとき、「すごいね!」と褒める代わりに、
「毎日コツコツ努力していたね。その姿を見て、私も頑張ろうって思えたよ。ありがとう」 と伝えると、子どもは「自分の努力が誰かの心に届いたんだ」と感じられるようになります。
これは職場でも同じです。 部下が良い仕事をしたときに、「よくやった!」と褒めるのではなく、
「あなたが工夫してくれたおかげで、仕事がとてもスムーズに進んだよ。ありがとう」 と感謝の気持ちを伝えることで、相手は「自分の行動が誰かの役に立った」と実感し、より主体的に動けるようになります。
感謝を伝えるというのは、「相手を評価する」のではなく、「存在そのものを認める」という行為です。
お互いの存在を尊重し、支え合っていることを言葉にすることで、自然と信頼と尊敬に満ちた関係が築かれていきます。
本当の幸せを引き寄せる法則その12:ありのままの自分を受け入れる
突然ですが、あなたは自分のことが好きですか?
「はい、好きです」と迷いなく答えられる人は少ないのではないでしょうか?
私たちは誰もが、完璧ではありません。うまくいかないことがあり、失敗することもあります。時には、自分の欠点や短所が気になって、悩んでしまうことも。
「もっと背が高ければ」
「もっと頭が良ければ」
「もっと社交的な性格だったら」
そんなふうに、理想の自分と現実の自分を比べて、劣等感を抱いたことがあるのではないでしょうか。
でも、本当の幸せは、その不完全な自分をそのまま受け入れることから始まります。
これは決して「今のままでいいや」と現状に甘んじるという意味ではありません。
「ありのままの自分を受け入れる」と聞くと、「自分を甘やかすこと」や「努力しなくていいということ」と誤解されるかもしれません。しかし、それは大きな勘違いです。
大切なのは、自分の「できること」だけでなく、「できないこと」も正直に認めること。
できないことを隠したり、曖昧にしたりせず、ありのままを受け止めた上で、「では、これからどうしていこうか」と前を向くことが、本当の意味での自己成長につながります。
例えば、仕事でミスをして上司に指摘されたとき、「ありのままの自分を受け入れられる」人はこう考えます。
「たしかにミスをした。今の自分にはまだ未熟な部分があった。でも、それに気づけたからこそ、次はもっと良くできるはず」
このように、自分の弱さを否定せず、冷静に受け止めて次に活かそうとする姿勢こそが、「ありのままを受け入れる」ことの本質です。
一方で、「これくらいのミス、誰にでもあるし、そんなに気にすることじゃない」と、自分を正当化して反省を曖昧にしてしまうのは、「ありのままを受け入れる」こととは違います。
それは一見前向きに見えて、実は「欠点を含めた本当の自分」に向き合うことを避けている状態です。
自己肯定感が高すぎると、こうした落とし穴に陥ることがあります。
自己肯定と区別されるのが、「自己受容」です。
自己受容とは、「良いところ」も「そうでないところ」も含めて、ありのままの自分をまるごと受け入れること。
- 自己受容できる人の特徴:
- 自分の現状をありのまま見る
- 問題や弱点も受けとめる
- 改善の可能性を信じて行動する
- 自己肯定(行き過ぎた場合)の特徴:
- 都合の悪い現実を直視しない
- 失敗を軽視する
- 反省がないまま次に進む
実践のヒント:自分の短所を明確に知る
まず大切なのは、「完璧な人間など存在しない」という事実を心から受け入れることです。
街を歩いている人たち、テレビに出ている有名人、SNSできらびやかな日常を発信しているインフルエンサー……
彼らもまた、それぞれに悩みや不安を抱えています。画面越しに見る輝かしい姿は、その人の人生のほんの一部にすぎません。
たとえば、何十万人ものフォロワーを持つ人気インフルエンサーの投稿を見ると、「この人は毎日楽しそうで、悩みなんてなさそう」と思うかもしれません。
朝はおしゃれなカフェでコーヒーを楽しみ、昼は旅行先で絶景を眺め、夜は仲間と賑やかなパーティー。
そんな毎日が投稿されていれば、「自分とは違う世界の人だ」と感じても無理はありません。
けれど実際には、彼らも投稿の裏でフォロワー数の増減に一喜一憂したり、本当の自分を見せたら嫌われるかもしれないという不安に悩んだり、アンチコメントに心を痛めたりしているかもしれません。
SNSに映るのは、あくまで「選ばれた瞬間」だけ。誰の人生も、その裏には見えない葛藤があるのです。
つまり、どんなに輝いて見える人にも悩みがあり、完璧な人などいないということ。だからこそ、自分の「短所」にも正直に向き合ってみましょう。
「人前で話すと緊張してしまう」
「細かい作業が苦手」
そんなふうに、自分の苦手な部分を素直に書き出してみてください。
自分のことを短所も含めて理解すること。それが、「ありのままの自分を受け入れる」ための第一歩です。
そして不思議なことに、自分が「短所」だと思っていたことが、視点を変えれば「長所」になることもあるのです。
たとえば、友人との会話で、話題の中心になるのが得意な友達がいて、自分はいつも聞き役に回っているとします。
「私はうまく話せないな……」と落ち込むかもしれません。
でも、その聞き上手な姿勢のおかげで、友達は安心して心の内を話せているのかもしれません。
「話すのは得意じゃないけれど、人の話を丁寧に聞ける」という視点に立てば、それは大きな強みです。
また、「細かい作業が苦手」と感じていたとしても、それは「大きな視野で物事を見るのが得意」だということかもしれません。
チームで仕事をする際には、「細かい部分は他のメンバーに任せて、自分は全体の流れを整える役割を担う」といった形で、自分の特性を活かすことができます。
このように、自分の「短所」だと思っていた部分も、場面や見方を変えれば「強み」になります。
大切なのは、完璧な人間を目指すことではなく、今の自分を受け入れ、その中から可能性を見つけていくこと。
その積み重ねが、あなたらしい幸せへとつながっていくのです。
本当の幸せを引き寄せる法則その13:無条件に相手を信じる
「無条件に相手を信じる」と聞くと、どこか無謀に思えるかもしれません。
「もし裏切られたら…」という不安が先に立つのは、誰しも自然なことです。
実際、相手が決して裏切らないという保証はどこにもありません。
しかし、それを理由に最初から相手を疑いの目で見る生き方では、本当の意味での信頼関係は構築できないでしょう。
信頼していた人からの裏切り行為は、心を深く傷つけます。そしてやり場のない怒りや悲しみに苛まれ、人間不信に陥ることだってあります。
それでも私は、あなたに「まずは信じる」という一歩を選んでほしいのです。なぜなら、信頼こそが本物の人間関係を築く唯一の道だからです。
大切なのは裏切りを恐れて関係構築を避けることではなく、「もし裏切られ傷付いたとしても、そこから立ち直れると自分を信じること」です。
例えつらい裏切りにあったのとしても、いつか必ずあなたの糧になります。人を見る目が養われ、人間関係の本質を深く理解し、より豊かなつながりを築く力になるでしょう。
本当の信頼とは、「相手がどうするか」ではなく、「自分がどう生きるか」に基づくものです。
信じるという事は、相手に期待をし、理想を押し付ける行為ではありません。
信じるという事は、自分はどうありたいのかという選択です。
信じることを選ぶ――その意志こそが、あなたの人生を豊かにし、他者との本物の信頼の土台となるのです。
実践のヒント:裏切りを恐れない
「信じたい。でも裏切られたら…」と思うのは自然です。でも本当に必要なのは、裏切りが起きない保証ではなく、「裏切られても立ち直れる」という自分への信頼です。
アドラー心理学には「課題の分離」という考え方があります。
– 相手が裏切るかどうか――それは 「相手の課題」
– 相手を信じるかどうか――それは 「自分の課題」
つまり、あなたが「信じる」と決めることと、相手の行動は分離されるべき事柄でありで、コントロールできないのです。
リスクを恐れて、相手を信頼することを避けると、傷つかない代わりに誰とも深く関われない人生を選ぶことになるでしょう。
逆に傷つく可能性を抱えながらも、相手を信じる選択をした場合、大切な人と深くつながれる人生を歩むことができるでしょう。
裏切りを恐れずに信じる——それは決して簡単なことではありません。
でも、心から大切にしたい関係があるのなら、信じるという選択をしてみてください。
裏切られることに対する恐怖に支配されず、今この瞬間の相手を信じること。それこそが、本当の意味での「信頼」なのかもしれません。
本当の幸せを引き寄せる法則その14:見返りなしに誰かに親切にする
「もしあなたが誰かに親切にしたのに、その相手から感謝の言葉がなかったとしたら、どんな気持ちになるでしょうか?」
きっと多くの人が「少なくとも“ありがとう”くらい言ってほしい」と考えるはずです。
私たちは意識せずに、「何かを与えたら、何か返ってくるのが当然だ」と考えているからです。
しかし、そもそも親切とは「見返り」を前提にしたものなのでしょうか?
たとえば、満員電車のなかで高齢の方に席を譲ったとき、その人がほっとした様子で軽く会釈してくれた瞬間、胸の奥にじんわりと温かな気持ちが広がった経験はありませんか?
そのとき、誰かの役に立てたという事実だけで、十分な喜びを感じられたはずです。
それは、自分が誰かの役に立てたと思えるだけで、すでに得られる幸せがあるからです。
相手がどう感じ、どう反応するかは、私たちにはコントロールできません。
でも「お礼を言ってもらえなかった」と落ち込んだり、「せっかく親切にしたのに…」とイライラしたりすると、その不満だけが心に残ってしまい、せっかくの温かい気持ちが消えてしまいますよね。
そんなときは「とにかく自分ができることをした」という事実に目を向けてみましょう。
相手に感謝されるかどうかではなく、「自分がどう行動したか」を大切にすると、相手の反応が期待通りでなくても、自分の中に芽生えた優しさや充実感は損なわれません。
実践のヒント:相手を親しい友人だと思って行動してみる
想像してください。大切な人に何かをしてあげるとき、「見返り」を求めるでしょうか?
きっと、「喜んでもらえたら自分も嬉しい」「困っていたら手を差し伸べる」という純粋な気持ちで行動するはずです。相手の笑顔が見れるだけでこちらも幸せな気分になりますよね。
この感覚を、普段のちょっとした人間関係にも少しずつ広げてみてください。
たとえば、職場で「これを手伝ったらあの人が楽になるかもしれない」と思ったり、ご近所さんとのちょっとしたやりとりで「こうしてあげたら喜んでもらえるかな?」と考えて行動してみたり。
そうすると、不思議と「私がやらなきゃ」という義務感よりも、「少しでも力になれたら嬉しい」というあたたかい感情が湧いてきます。
結果的に、相手の反応がどうであれ、自分の心にポッと灯がともったように満たされる感覚を得られるのではないでしょうか。
これを続けていくと、周りの人たちとの関係も少しづつ良くなっていくでしょう。まるで、親しい人との何気ないやりとりをしているときのように、お互いに気持ちよく助け合える関係が増えていくでしょう。
ぜひ、今から「相手を親しい人だと思って行動してみる」という実践してみてください。あなたの優しさが広がるほど、きっとまわりにもあたたかな空気が生まれていくはずです。
本当の幸せを引き寄せる法則その15:幸福とは他の誰かの役に立っていると感じること
「幸せって何だろう?」誰もが一度は考えたことがあるのではないでしょうか?
多くの人達は、幸せとは「何かを手に入れること」だと考えがちです。
お金、地位、名声、賞賛…
それらを得たとき、確かに一時的な幸福感を味わうことがあるかもしれません。
けれども、どれほど望みを叶えても、どこか心にぽっかりと穴が空いたような感覚を覚えることがあります。 それはなぜでしょうか。
それは実は、私たちが本当に求めている幸せとは「得ること」ではなく、「与えること」の中にあるからです。
心理学者アドラーは、「幸福とは主観的な貢献感である」と述べています。
つまり、「誰かの役に立っている」と自分が感じられることが、幸せの本質なのです。
極端に言えば、相手がどう感じたかは重要ではなく、「自分が貢献できた」と思えるかどうかが鍵なのです。
「相手がどう感じるかは関係ない」と聞くと一人よがりな感じがしますよね?
しかし、ここで大切なのは、「自分が他者に貢献できている」と感じることが、自分の内面的な充実感や生きがいにつながるという点です。
たとえば、ボランティア活動をしている人の多くは、「誰かの役に立てた」と実感することで、充実感や幸福感を得ています。
もちろん、相手が感謝を示してくれることも嬉しいですが、それ以上に「自分は社会の一部として価値ある存在だ」と思えることが、幸福につながるのです。
では、どうすればその「貢献感」をより強く感じられるのでしょうか。
それは、自分の行動が「どこかで誰かのためになっている」と意識すること。
たとえば、毎日の仕事を「給料をもらうための作業」と捉えるのではなく、「自分の仕事が誰かの助けになっている」と意識するだけで、幸福度は大きく変わります。
幸せとは、特別な出来事や大きな成果によってもたらされるものではありません。「誰かの役に立てた」と感じられる、日々の小さな積み重ねの中にあるのです。
実践のヒント:まずは身近な小さな貢献から
ポイントは、「見返りを求めないこと」。
たとえ感謝されなかったとしても、give and give の精神で行動することが大切です。
また、自分の貢献に「完璧さ」を求めすぎないことも重要です。
人の役に立とうと無理をしすぎて、プレッシャーに押しつぶされたり、疲れてしまっては長続きしません。
あくまで、自分が心地よく続けられる範囲で、無理のない形で実践していくことがポイントです。
この考え方を日常に取り入れると、小さなことでも「貢献感」を得られるようになります。
たとえば──
困っている友人の話を聞いて、少しでも心が軽くなったとき。
職場の後輩に仕事のコツを伝えて、成長していく姿を見守れたとき。
家族のために心を込めて料理をつくり、「おいしい」と笑顔を返されたとき。
そんな瞬間に、言葉にできない温かい気持ちが胸にこみ上げてきませんか?
実は、その感覚こそが、本当の幸せのヒントなのです。
なぜ、「誰かの役に立つこと」が、これほど私たちの心を満たしてくれるのでしょうか。
それは、人間が本来、「つながり」を求める存在だからです。
私たちは日々、意識してもしなくても、誰かと関わり合いながら生きています。
何気ない「ありがとう」の一言が、相手の一日を明るくするかもしれません。
そしてその感謝が、また別の誰かに温かさとして伝わっていくかもしれません。
このように、私たちの小さな貢献は、目に見えない形で世界に広がっていくのです。
幸せは、決して大きな成功や華やかな成果だけにあるのではありません。
日々のささやかな気遣いや、ちょっとした思いやり──。
そうした一つひとつの行動こそが、最も確かな「幸せへの道筋」なのです。
明日から、「小さな貢献」を日々の習慣にしてみましょう。
たとえば──
会社のトイレを掃除してみる。
募金をしてみる。
お年寄りに席を譲ってみる。
近所のゴミを拾ってみる。
どれも、今すぐにでも始められる小さな行動ばかりです。
それらが、やがて自分自身の心をあたため、人生を豊かに彩ってくれるはずです。
本当の幸せを引き寄せる法則その16:今この瞬間を生きる
みなさんは、「人生とは連続する今の積み重ねである」という言葉を聞いたことがありますか?
一見、哲学的な響きがありますが、これはとてもシンプルで、実は人生を豊かに生きるための本質的な考え方なんです。
私たちはつい、過去の失敗を思い出して落ち込んだり、まだ来てもいない未来の不安にとらわれたりして、「今この瞬間」に意識を向けることを忘れがちです。
でも、そのたびに、実際に行動できる貴重なチャンスを逃しているかもしれません。
過去は変えることができませんし、未来は誰にも予測できません。
私たちが本当に自由に選べるのは、「今この瞬間の自分の行動」だけなのです。「未来のために何かをする」と言っても、それを実行するのは他でもない“今”なのです。
アドラー心理学が「今ここを生きる」ことを大切にしているのは、そんな理由があるからです。
もちろん長期的な目標を立てたり、将来の計画を考えたりすることは大事です。
でも、あまりにも先のことばかり考えて「今」をおろそかにすると、本当の意味で幸せを感じる機会を逃してしまうかもしれません。
「今ここを生きる」とは、「未来なんて考えなくてもいい」という意味ではなく、「目標や計画に縛られすぎないように」ということです。
なぜなら、自分が唯一コントロールできるのは“今の自分の行動”だけだからです。
もちろん、今を重視した結果、目標から外れて最初に描いたゴールとは違うところに辿り着くこともあるでしょう。だけど、それは失敗ではありません。
たとえ結果が思い通りじゃなくても、そこまでの道のりで学んだり、感じたり、成長したりしたこと全てを含めて人生です。
目標達成そのものより、その途中である「今」にどれだけ熱中できるかこそが、本当の幸せにつながるんじゃないでしょうか。
旅に例えると分かりやすかもしれません。旅の魅力って、ただ目的地に着くことだけじゃないはずです。
道中で見た景色や出会った人たち、想像もできないような偶然の出来事、そんな体験のすべてが「旅の目的」です。
人生もまったく同じです。先にあるゴールに執着するのではなく、今という瞬間を味わいながら歩んでいくこと。それこそが、人生を豊かにする秘訣です。
もし「未来をもっと良くしたい」と思うなら、まずは「今日、この瞬間にできる一歩」を大切にしてみてください。その積み重ねが、いつの間にか理想に近づく道を作ってくれるはずです。
実践のヒント:時間を忘れるくらい好きなことを見つける
「あっ、もうこんな時間!?」 ふと時計を見ると夜中の2時。思わずため息をつきながら、「またやっちゃったな」とつぶやく。
好きなことに夢中になって、時間の感覚がすっかり飛んでしまっていた——そんな経験、ありませんか?
例えば、好きなスポーツに熱中したり、好きな音楽に浸っていたり、夢中で何かを作っていたり。気づけば数時間経っていた…というような経験は、誰しも一度はあるはずです。
アドラー心理学が伝える「今ここを生きる」という考え方。その“今”を心から味わう一番の近道は、「時間を忘れるほど好きなことを見つける」ことです。
なぜなら、人は本当に好きなことに没頭している時、自然と過去の後悔や未来への不安が頭から消えていくからです。
私たちの周りには、「こうあるべき」「これをするべき」という”べき”がたくさんあります。
将来のために今を我慢するべき、結果を出すために楽しみは後に回すべき。 でも、ちょっと立ち止まって考えてみませんか?
時間を忘れるほど夢中になれること、これこそが、あなたの心が求めているものかもしれません。
たとえば、子どもの頃を思い出してください。夢中で砂山を作ったり、虫を追いかけたり…。
あの時は「これが将来の役に立つかな?」なんて考えもしませんでしたよね?
ただ純粋に、その瞬間を楽しんでいました。 子供のころの私たちは、人生で最も大切なことを自然と実践していたんです。「今この瞬間」を存分に生きることを。
もちろん、大人になれば責任や義務がつきまといます。けれども、だからこそ意識的に「夢中になれる時間」をつくることが、とても大切なのです。
「でも、自分には時間を忘れるほど好きなことなんて思い当たらない」という方もいるかもしれません。そんな時は、「これ、ちょっと楽しいかも」と心が反応する瞬間を見逃さないでください。
たとえば、通勤電車で読書に夢中になる時間かもしれないし、スマホの将棋アプリに熱中している瞬間かもしれません。
今日から、ほんの少し意識してみましょう。日常の中で、あなたが「時間を忘れていた」と感じる瞬間に出会ったら、その感覚を大切にしてみてください。
その小さな積み重ねが、きっとあなたの人生をもっと充実したものにしてくれるはずです。
「今を生きる」ことは、決して未来を放棄することではありません。むしろ、今を満たすことこそが、最高の未来への投資なのです。
本当の幸せを引き寄せる法則その17:相手を思いやる心を忘れない
「今この瞬間に集中する」「好きなことに熱中する」。これらは、幸せな人生を築くうえで欠かせない大切な考え方です。ただし、一つだけ気をつけたい落とし穴があります。
それは、”今”や”自分”にばかり意識を向けすぎて、周囲への配慮をすっかり忘れてしまうこと。
自分のやりたいことだけを優先し続けていたら、気づけば誰も傍にいない、孤独な人生になってしまうかもしれません。
それは果たして、本当に幸せな人生と言えるでしょうか?
これに関してアドラーは「他者貢献という導きの星さえあれば、何をしてもかまわない」と言っています。
補足すると、他者貢献とは「他者を思いやり、役に立つこと」、導きの星とは「旅人を導く北極星のように人生を導く羅針盤」。
つまり、「他者を想いやるという指針を忘れさえしなければ、何をしても幸せになれる」となります。
たとえ何をするにしても、「誰かを思いやること」を心の中に持ち続けていれば、それがあなたを幸福へと導いてくれる“北極星”になるのです。
つまり、「自分らしく生きながらも、他人への思いやりを忘れない」──この姿勢こそが、真の幸せに通じるのです。
実践のヒント:遠慮はするな、配慮はしろ
「他者を思いやる心を持っていれば、何をしてもいい」と聞くと、なんでも自由に振る舞っていいという自分勝手な感じに聞こえるかもしれません。
しかしここでいう自由とは、“他人の評価を過剰に気にせず、自分の信じた道を選んでもよい”ということです。
たとえば、両親に勧められた地元企業ではなく、自分が本当に働きたい都内のスタートアップに進む決断をするとします。
たとえ反対されても、自分の信念に従って選ぶ勇気は、幸せな人生には欠かせません。
ただし、その選択をするときに大切なのは相手への配慮を忘れないことです。
忙しくても定期的に連絡を取り「元気に頑張っているよ」と伝えるだけで、両親も安心し、いつかあなたの選択を理解し応援してくれるでしょう。
「自分を偽らずに生きる勇気」と「相手への思いやり」
この2つのバランスこそが、幸せの鍵です。
自分のやりたいことに全力で向き合うことは素晴らしいことです。
でも、それが誰かの心を深く傷つけたり、人とのつながりを失う原因になってしまうのなら、それは本当の幸福とは言えません。
幸せとは──自分らしく生きながら、誰かを大切にすること。
“他者貢献”に込められているのは、
「誰かの役に立ちたい」「誰かを大切にしたい」という、人間の根源的な願いです。
その気持ちさえ忘れなければ、あなたの選ぶどんな道も、きっと幸福へと続いていきます。
自分の道を信じて進みながら、
そっと心に灯しておくひとつの光。
──それが、他者貢献という導きの星です。

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